前回は、採用面接で聞いてはいけない質問と、その背景にある法的根拠について整理しました。データの取り扱いというつながりで、今回はピープルアナリティクスを導入する前に決めておくべきことを取り上げます。
「ピープルアナリティクスを始めよう」という話になると、多くの会社はまず分析ツールの選定から動き出します。しかし、ツールを入れただけで現場が使い続けられるようになるケースは多くありません。導入後に形だけのダッシュボードが放置されてしまう会社の多くは、ツール選定の前に決めるべきことを決めていないという共通点があります。
「ピープルアナリティクス」という言葉が指す範囲は会社によって違う
ピープルアナリティクスという言葉は、退職予測のような高度な分析を指す場合もあれば、勤怠データを集計してグラフ化する程度の取り組みを指す場合もあります。社内で「ピープルアナリティクスをやる」と決めたとき、関係者がそれぞれ別のイメージを持っていると、プロジェクトの途中で期待値のズレが表面化します。
人事企画がイメージしているのは離職予測モデルで、情報システム部門がイメージしているのは既存システムのデータ連携、経営層がイメージしているのは経営会議向けのレポート、というように立場ごとに範囲がずれている状態は珍しくありません。
ツール導入の前に決めるべき「何のための分析か」
分析そのものを目的にしてしまうと、データを集めて可視化したところでプロジェクトが終わってしまいます。本来必要なのは、分析結果を使ってどの意思決定を変えたいのかという問いです。
たとえば「早期離職を減らしたい」という目的であれば、見るべきデータや分析の粒度、関係者への共有方法は、「評価のばらつきを把握したい」という目的とは異なります。目的が曖昧なまま分析を始めると、出てきた数字に対して「で、これをどう使うのか」という問いに答えられない状態になりやすいです。
データを集める前に、データの定義と所在を揃える必要がある
分析を始めようとすると、最初にぶつかるのがデータの定義と所在の問題です。勤怠データと評価データで従業員IDの形式が異なっていたり、部署名の表記が統一されていなかったりすると、データを結合する段階で大きな手間がかかります。
- 従業員を一意に識別するIDが、人事システム・勤怠システム・評価システムで揃っているか
- 部署名・等級・雇用形態などの分類が、システムごとに異なる表記になっていないか
- 過去データの保存期間や、退職者データの扱いが決まっているか
- 個人情報・機微情報を含むデータについて、利用目的と保管・アクセス権限のルールが定まっているか
これらを後回しにしたまま分析を始めると、データクリーニングだけで多くの時間を消費し、本来の分析にたどり着く前にプロジェクトの熱量が下がってしまうことがあります。
分析結果を「誰が」「どう使うか」を決めておく
分析結果が出来上がっても、それを誰が見て、どう判断に反映するかが決まっていないと、結果は共有されるだけで終わります。経営層向けのレポートなのか、マネージャーが部下のマネジメントに使う情報なのか、人事企画が制度設計の根拠として使う情報なのかによって、必要な精度や見せ方は変わります。
特に、従業員個人のスコアやリスク評価をマネージャーに共有する場合は、本人への説明やフィードバックの方針も合わせて決めておく必要があります。本人が知らないところで離職リスクが評価され、それが人事評価や配置の判断に影響しているとすれば、従業員との信頼関係に影響しかねません。
会社側にとってのピープルアナリティクス導入失敗のリスク
目的やデータ整備を後回しにしてピープルアナリティクスを導入すると、会社側には次のようなリスクが生じます。
- ツール導入のコストだけがかかり、現場が使い続けない「形だけの可視化」で終わる
- データの定義がバラバラなまま分析を進め、誤った傾向を意思決定の根拠にしてしまう
- 従業員に分析の目的や使い方を説明できず、監視されているという不信感を招く
- 一部の部署や担当者しかデータを扱えず、属人化したまま運用が継続できなくなる
特に、分析結果が人事評価や配置といった従業員の処遇に関わる場合、説明できない分析結果を根拠にしてしまうと、納得感を欠いた判断として受け止められやすい点には注意が必要です。
導入前に確認しておきたいポイント
ピープルアナリティクスの導入を検討する際は、少なくとも次の点を確認しておくとよいです。
- 分析によって、どの意思決定や課題を変えたいのかが具体的に言語化されているか
- 必要なデータの所在・定義・更新頻度が部門横断で整理されているか
- 個人情報・機微情報の取り扱いについて、利用目的と保管・アクセス権限のルールが決まっているか
- 分析結果を誰が見て、どう使うのかが、従業員への説明も含めて決まっているか
- 小規模なテーマで試験的に運用し、定着させてから対象範囲を広げる計画になっているか
従業員・人事それぞれができること
従業員側から考えられるアクション
- 自分のチームのデータが分析に使われる場合、分析の目的や使い方について遠慮せず人事に確認する
- 自分が管理しているデータ項目(部署名表記など)が他部門と揃っているか、依頼があれば協力して確認する
人事側から考えられること
- 分析によってどの意思決定を変えたいのかを先に言語化し、関係者間で合意してから着手する
- 個人情報・機微情報の利用目的と保管・アクセス権限のルールを、従業員への説明も含めて決めておく
さいごに
ピープルアナリティクスは、ツールを導入すれば自動的に成果が出るものではありません。何のために分析するのかという目的、データの整備、分析結果の使い方という3つを先に決めておくことが、形だけの可視化で終わらせないための出発点になります。
次回は、データ活用の話から少し離れ、36協定の届出前に確認しておきたい項目について整理します。
この記事は実務上の一般的な傾向や論点を整理したものであり、個別の法的判断ではありません。具体的な対応については社会保険労務士・弁護士等の専門家にご確認ください。


コメント