前回は、退職面談(エグジットインタビュー)の質問リストのひな形について整理しました。退職面談で得られる情報も、評価データも、勤怠データも、本来であれば組織全体の傾向を把握するために統合して活用したいものです。しかし、いざ人事データを統合しようとすると、最初の壁になるのが「項目の定義がシステムや部門ごとに揃っていない」という問題です。
人事データ統合やピープルアナリティクスの取り組みは「まずツールを導入する」ところから始まりがちですが、項目の定義が揃っていない状態でデータを統合すると、見た目は統合できていても、実際には比較できないデータが並んでいるだけという状態になります。
「同じ項目名なのに意味が違う」というありがちな事故
人事データには、複数のシステムや部門で同じような項目名が使われていても、実際の定義が異なっているケースが多く見られます。
- 「在籍年数」が、入社日からの年数なのか、現職種への異動からの年数なのかシステムごとに違う
- 「離職」に、契約満了による退職や、グループ会社への転籍が含まれているかどうかが部門ごとに違う
- 「評価ランク」の段階数や基準が、評価制度改定の前後で変わっているのに、データ上は同じ項目として扱われている
- 「勤続年数」の集計が、休職期間を含むかどうかでシステム間で差がある
こうした定義のズレに気づかずにデータを統合すると、分析結果そのものが誤った前提の上に成り立ってしまいます。
定義ズレが起こる3つの構造的な理由
① システムごとに異なる目的で項目が設計されている
勤怠システム、評価システム、給与システムは、それぞれ異なる目的のために個別に導入されることが多く、項目の定義も導入時の業務要件に合わせて個別に決められています。後から統合しようとしても、設計段階で揃える前提がなかったため、ズレが生じるのは自然な結果です。
② 制度改定のタイミングで定義が変わっても、データ上は引き継がれていない
評価制度や等級制度が改定されると、項目の意味が変わることがありますが、過去データはそのまま蓄積され続けます。データ上は同じ列名のまま中身の定義が変わっているため、時系列で比較すると実態と異なる傾向が出てしまうことがあります。
③ 部門ごとの運用ルールの違いが項目の定義に反映されていない
同じ「退職」という項目でも、部門によって自己都合・会社都合の区分の付け方が異なっていたり、記録のタイミングが違っていたりすることがあります。これは入力者の運用ルールの違いであり、システムの仕様だけを見ても気づきにくい問題です。
会社側にとって定義ズレを放置するリスク
項目の定義が揃っていない状態でデータ統合・分析を進めると、会社側には次のようなリスクが生じます。
- 分析結果が誤った前提に基づくものになり、施策の判断を誤らせる
- 部門間の比較や、時系列での傾向比較が意味を持たなくなる
- データ活用の取り組み自体が「結局使えない」という評価を受け、頓挫する
- 後から定義のズレに気づいた場合、データの再整備に大きなコストがかかる
特に、データ活用の取り組みは一度「使えない」という印象がつくと、次に同様の取り組みを提案しても現場の協力を得にくくなるため、最初の統合時点での定義整理が重要になります。
統合前に整理しておきたいこと
データ統合やツール導入を進める前に、次のような整理をしておくことをおすすめします。
- 統合対象となる主要項目(在籍年数、離職区分、評価ランクなど)について、各システム・部門での定義を書き出す
- 制度改定があった項目については、改定前後でどう定義が変わったかを記録しておく
- 部門ごとの入力運用ルールの違いを、現場へのヒアリングで確認する
- 項目定義の一覧を「データディクショナリー」として文書化し、関係者間で共有する
これらはツールの選定や導入よりも前に行うべき作業であり、地味に見えても後工程の手戻りを大きく減らします。
従業員・人事それぞれができること
従業員側から考えられるアクション
- 自分の部署で使っているデータ項目(在籍年数、離職区分など)の定義を、他部署と異なる可能性を前提に確認しておく
- データ入力を担当する社員は、運用ルールが変わった際にすぐにシステム側の入力方法も見直す
人事側から考えられること
- 主要項目について各システム・部門での定義を書き出し、データディクショナリーとして文書化する
- 制度改定があった項目は、改定前後でどう定義が変わったかを記録に残す
さいごに
人事データの統合がうまくいかない原因は、ツールの性能や選定の問題ではなく、統合前の項目定義が揃っていないことにある場合がほとんどです。データを「集める」前に、何を集めているのかを揃えることが、データ活用を頓挫させないための出発点になります。
次回は、この定義ズレが放置された状態でAIを使った離職予測に取り組もうとすると、どのような失敗パターンに陥りやすいかについて整理します。
この記事は実務上の一般的な傾向や論点を整理したものであり、個別の法的判断ではありません。具体的な対応については社会保険労務士・弁護士等の専門家にご確認ください。


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