前回は人事規程の見直し時に確認すべき項目を整理しましたが、今回は少し角度を変えて、「退職代行サービス」というテーマを取り上げます。退職代行サービス経由での退職連絡は、もはや珍しいものではなくなりました。会社側からすると唐突に見える出来事ですが、実際には水面下で長く積み重なっていた「言えない空気」が背景にあることが多いです。
退職代行サービスが選ばれる理由は「怖さ」より「諦め」
退職代行サービスというと、「上司が怖くて言えない」というイメージが先行しがちです。もちろんそれも一因ですが、実際に利用されるケースを見ていくと、もう少し根が深い理由が見えてきます。
- 過去に退職や異動を相談した際、引き止められて取り下げさせられた経験がある
- 「みんな忙しいから今は言えない」という空気が常態化している
- 上司との関係が悪いわけではないが、「相談しても何も変わらない」という諦めが先にある
- 退職の意思を伝えるプロセス自体が重く、心理的なハードルになっている
つまり、退職代行サービスは「言えない人」だけが使うのではなく、「言っても無駄だと学習した人」が使う選択肢にもなっているということです。
ある製造業の現場で実際にあったケース
ある製造業の現場では、入社2年目の社員が退職代行サービスを使って退職を申し出ました。直属の上司は前日まで本人と普段通りに会話しており、代理人からの連絡を受けて初めて事の重大さに気づいたといいます。
後になって振り返ると、その社員は半年ほど前から「他部署への異動を考えている」と上司に伝えていました。しかし現場の人員不足を理由に、異動の話はそのたびに先送りにされ、明確な回答も時期も示されないままになっていました。本人にとっては「もう何を言っても変わらない」という結論に至るまでの期間があり、退職代行サービスはその結論を実行するための手段に過ぎなかった、というのが実態に近い構図です。
このケースで会社側が見落としていたのは、「異動の相談をされた時点」が、実は最初の退職予兆だったという点です。相談自体は穏便に行われていたため、誰も危機として扱っていませんでした。
「言えない空気」がつくられる3つの要因
① 相談しても先送りにされる経験の蓄積
一度「相談しても変わらなかった」という経験をすると、次に何か不満や要望があっても、相談という選択肢自体が選ばれにくくなります。
② 退職や異動の意思表示に対する反応がネガティブ
退職を申し出た人に対して、引き止めの圧力や「裏切り」のような扱いをする雰囲気があると、次に同じ立場になった人は「正面から言う」ことを避けるようになります。
③ 相談窓口や1on1が形式化している
制度としての相談窓口や1on1が存在していても、運用が形式的(進捗確認だけで終わる、本音を話せる空気がない)であれば、実質的に機能していないのと同じです。
会社側にとっての「退職代行サービスを使われる」リスク
退職代行サービス経由の退職そのものに法的な問題があるわけではありませんが、会社側にはいくつかの実務的なリスクがあります。
- 引き継ぎが行われないまま退職が進み、業務が一時的に停止するリスクがある
- 同じ職場の他のメンバーに「自分も同じように消えるように退職してよいのだろうか」という心理的な影響が及ぶ
- 退職理由が本人から直接語られないため、組織課題の特定や改善の機会を失う
- SNSや口コミサイトなどで「相談しても聞いてもらえない会社」という評判が広がるリスクがある
特に、同じ理由での退職代行利用が複数件発生している場合は、個人の問題ではなく組織側の構造的な問題として扱う必要があります。
「言える空気」に近づけるためにできること
- 異動・退職の相談を受けた時点を「予兆」として扱い、先送りにせず期限を区切って対応する
- 1on1や相談窓口の運用を、進捗確認だけでなく本音を引き出す場として見直す
- 退職や異動の申し出に対して、引き止めの圧力をかけない方針を管理職に明確に伝える
- 退職代行サービス経由の退職が発生した場合は、個別対応で終わらせず、同様の事例が他にないか組織全体で確認する
いずれも特別なコストをかけずに始められる取り組みですが、効果が出るまでには一定の時間がかかる前提で取り組む必要があります。
従業員・人事それぞれができること
従業員側から考えられるアクション
- 異動や退職を考えた場合、先送りにされても諦めず、期限を区切って改めて確認する
- 同僚が突然辞めた場合、自分も同じような不満を抱えていないか振り返り、必要であれば相談窓口を使う
人事側から考えられること
- 異動・退職の相談を受けた時点を「予兆」として扱い、先送りにせず期限を区切って対応する
- 退職代行サービス経由の退職が発生した場合、個別対応で終わらせず同様の事例がないか組織全体で確認する
さいごに
退職代行サービスを使われたという出来事は、会社にとってはショッキングな出来事に見えますが、多くの場合は「ある日突然」ではなく、相談や異動希望が先送りにされ続けた結果として起きています。表面的な対応で終わらせず、その手前にあった「言えない空気」に目を向けることが、再発防止の出発点になります。
次回は、テンプレートに頼りすぎる評価制度運用が形骸化していく構造について整理する予定です。
この記事は実務上の一般的な傾向や論点を整理したものであり、個別の法的判断ではありません。具体的な対応については社会保険労務士・弁護士等の専門家にご確認ください。


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