前回は休職・復職対応フローを整備する際に必要な確認項目リストについて整理しましたが、今回は労務の裏側というテーマに戻り、退職者が増えている状況を「個人の問題」として処理し続けてしまう会社の盲点を取り上げます。退職理由を一人ひとりの個別事情として扱うことは自然な対応ですが、それが積み重なることで、組織的な課題が見過ごされてしまうことがあります。
退職を「個人の事情」として扱いやすい理由
退職者が出るたびに、その人個人の事情として処理することには、いくつかの合理的な側面があります。
- 退職理由として本人が語る内容(家庭の事情、キャリアの方向性など)は、個別性が高い
- 同じ部署からの退職が続いても、たまたまのタイミングと捉えられやすい
- 退職者一人ひとりの状況を深く掘り下げて分析する時間的なリソースが限られている
- 退職理由をネガティブな組織的課題として扱うことに、心理的な抵抗がある場合がある
これらの理由から、退職は多くの場面で個別の事象として処理され、組織全体のパターンとして捉えられにくくなります。
ある会社で実際にあったケース
ある会社では、特定の部署から半年の間に複数名の退職者が出ていましたが、それぞれの退職理由は「家庭の事情」「キャリアアップのため」など、表面上は個別の事情として処理されていました。人事は退職者面談を実施していたものの、各回の記録は個別のファイルとして保存されるだけで、部署単位で傾向を分析する作業は行われていませんでした。
その後、さらに退職者が続いたことで、ようやく人事が退職者面談の記録をまとめて確認したところ、複数の退職者が共通して「特定の上長のマネジメントスタイルに関する負担」を挙げていたことが分かりました。個別に見れば些細な内容に見えていたコメントが、まとめて見ることで明確なパターンとして浮かび上がったのです。この時点で対応を始めましたが、すでに複数名が退職しており、もっと早い段階でパターンに気づいていれば防げた退職もあったのではないかという反省が人事内で共有されました。
このケースで欠けていたのは、個別の退職理由を丁寧に聞き取る姿勢ではなく、それらの情報を部署やチーム単位で定期的に集約し、傾向として分析する仕組みでした。
「個人の問題」として処理され続ける3つの構造的な理由
① 退職者面談の記録が個別ファイルとして管理され、横断的に分析されない
一人ひとりの記録は残されていても、それらを集約して傾向を見る作業が定例化されていないと、パターンが見過ごされます。
② 同じ部署からの退職が「偶然の重なり」として説明されやすい
短期間に複数の退職が発生しても、それぞれ異なる理由が語られると、組織的な課題ではなく偶然の重なりとして処理されやすくなります。
③ 組織的な課題として扱うことへの心理的な抵抗がある
特定の部署や管理職の問題として扱うことは、関係者への配慮から避けられがちで、結果として深掘りが後回しになります。
会社側にとってのリスク
退職を個人の問題として処理し続けることは、根本的な組織課題への対応を遅らせ、より大きな損失につながります。
- 同じ部署や管理職のもとで退職が繰り返され、対応が後手に回るほど影響範囲が広がる
- 退職者面談で得られた情報が活用されず、コストをかけて収集した情報が無駄になる
- 残っている社員にも同様の不満が蓄積している可能性があり、見過ごされたまま離職予備軍が増える
- 組織課題への対応が遅れることで、最終的により多くの退職者と採用コストの負担を招く
特に、特定の管理職やチームに退職が集中している場合、本人へのフィードバックが遅れるほど、後からの対応が難しくなる点に注意が必要です。
個人の問題として処理し続けることを防ぐためにできること
- 退職者面談の記録を部署・チーム単位で定期的に集約し、傾向を確認する仕組みを作る
- 短期間に複数の退職が発生した部署については、個別の理由だけでなく共通点の有無を必ず確認する
- 退職理由に組織的な課題が疑われる場合、関係者への配慮を理由に深掘りを避けない仕組みを作る
- 在籍中の社員に対しても、同様の不満が蓄積していないかを定期的に確認する機会を設ける
いずれも退職者面談の実施自体を変える必要はなく、得られた情報の活用方法を整えることで実現できる取り組みです。
従業員・人事それぞれができること
従業員側から考えられるアクション
- 退職を考えるきっかけがあれば、退職面談を待たず、早い段階で人事や信頼できる相談先に伝える
- 同じ部署から退職が続いている場合、自分も同様の不満を抱えていないか振り返り、声を上げる
人事側から考えられること
- 退職者面談の記録を部署・チーム単位で定期的に集約し、傾向を確認する仕組みを作る
- 短期間に複数の退職が発生した部署について、共通点の有無を必ず確認する
さいごに
退職は一人ひとりにとって個別の事情であると同時に、積み重なることで組織の課題を映し出す情報でもあります。個別の事情として丁寧に聞き取る姿勢を保ちながら、それらを定期的に集約して傾向を確認する仕組みを持つことが、見過ごされがちな組織課題に早く気づくための土台になります。
次回は、評価者研修をやっても評価のばらつきが収まらない会社に共通する原因について整理する予定です。
この記事は実務上の一般的な傾向や論点を整理したものであり、個別の法的判断ではありません。具体的な対応については社会保険労務士・弁護士等の専門家にご確認ください。


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